決めないことから つくっていく 道の途中
2022.07.04
意見が異なる人と何かをすることは、けっこうむずかしい。
2021年の夏。上司と意見が合わずに悩んでいた私は、数年前のとあるインタビューで聞いた言葉をふと思いだした。
「AもあっていいしBもあっていい、という方法論を考えたいんです。決めないというか。多様な人が集まって長く活動すると、結論を出して決めたくなってくる。決めないことはときには痛みをともなうと思うんですけど、その方法論をみつけたいなって思っています。色んな人が参加していて、自分の想いが100パーセント叶わないけど活動には関わる、そんな状態をつくっていく方法論というか」
話してくれたのは、阿部 健一(あべ けんいち)さん。
地域で活動する市民劇団のメンバーとして、活動の締めくくりに、それぞれに「いま何を考えていますか」とたずねるインタビューの中での言葉だった。
人が集まり活動をするときに、意見の合わない人とどう関わるかは、けっこう難しい。相手の意見を尊重することも大切だとわかっていても、ついつい自分の正しさを押し付けたくなるときもある。市民劇団でも、摩擦が起きるなかで、残念ながら袂を分かつ人もいた。
そんな時間のあとに聞いた「決めない」という言葉は、対立みたいなものをいったん保留にして、この場所にいることを一緒に味わいませんか?といういざないのように思えた。
それは「決めない」ことを通して、ちゅうぶらりんの中にたちどまってみる覚悟をすることでもあり、色んな人と関わるためのひとつの生きた方法であるような気がしたのだ。
あれから数年がたった。
あのとき話してくれた「決めない」ことは、どんどん難しくなっているように思う。
いま、彼は何を考えているのだろう。もう一度、たずねてみることにする。
(2021.8月にオンラインで取材、2022年6月に撮影しました)
阿部健一 Kenichi Abe
1991年、東京都出身。uni代表・演出。ドラマトゥルク。千葉大学大学院園芸学研究科博士後期課程。
2010年、日本大学芸術学部在学中にuni(元・演劇活性化団体uni)を立ち上げ、非劇場空間での演劇活動をはじめる。2013年頃からまちを舞台に、住民への取材やフィールドワークを軸としたアートプロジェクトとしての演劇創作を練馬区中心に展開。環境と身体、時間と存在の間に立ち現れるものをテーマに、演劇やアートとまちを横断して活動している。
ドラマトゥルクとしても「移動祝祭商店街 歩く庭」(東京芸術祭2021)や「地域の物語2021」(世田谷パブリックシアター)など、まちと関わるプログラムの構造設計やリサーチを担当している。
大学院では地域計画学を専攻し、パフォーミングアーツの観点からまちづくりや公共空間について研究するほか、住民参加のまちづくりやプランニングの現場にも携わる。

決めないこと、それでも決めていくこと
ー数年前の市民劇団のインタビューで話してくれた「決めないこと」。今日は、そこからはじめてみたいなと思っています。
「前にお話をしたのは、3、4年まえでしたね。あんまり覚えてないんですけど、たしかにそういうことをよく考えていたな‥って、いま思い出しました。決めないこと。あのころは、それこそインタビューの時の市民劇団だけじゃなくて、自分で主宰している劇団でも、丸1年作品をつくらない時間をとって、色々なことを実験してみたり、話しあったりしていたんですよ」
-そっか、「決めないこと」は、集団においてどう物事を進めるかの話だと理解していたけど、制作において色々試して実験していくことでもあるんだね。
「そうなんですよ。アウトプットのタイミングをどんどん決めれば、どんどん作品をつくって生産していけるんですけど、追われすぎると、蓄積することや深めることが後手になるって思っていたんですよね。だけど‥」
「つくらないとか決めないようにしたことが、直接的にうまく行ったかどうかはあやしいんです。だから、今は、ある程度の余裕は持ちつつ、仮でもいいから決めていくこと、よく調べ考えたうえで選んでゆくことが尊いなって思っているんです。出口を決めていくことで考えられることがいっぱいある」
-それは、けっこう大きな変化ですね
「そう。やっぱり、考えているだけでは限界があるし。どうにか成果を出さなきゃって思いも今はあるんです。ただ悶々としていれば気づいたら成熟するってことはやっぱりなくて。前のインタビューのときは学生で、興味があることを探って、考えを蓄積したり試していた。でも、お仕事として専門性を持った人間として働くとなると、期待された成果を出すために決めていく必要がある。決めていくために、話を聞いて、議論をして、保留だけでなく、結論までたどりつきましょうってことを考えているんです」
「あと、今年30才なんですけど、30才ってそろそろ人生にばらつきが出てくる気もしていて。確信を持っていまの自分になったわけではなく、なりゆきでこうなった部分もあるので、とりあえずでもいいから何かを決めて進んでみること、考えてえらびとっていくのが必要だなって気がしています。でも」
「えらんだり決めたりすることは、実は苦手なんですよね。本当は、なんとなく話したり、だらだら考えたり、保留したりしていたいんですよ」
ーえっ、そうなんですか?

「思わぬ寄り道」や「偶然性」が足りない
「新型コロナウイルスの感染がひろがって、目的がなくても、なんとなくひとが集まるってことが、この1年以上できなくなっていますよね。そのことがとても大きい気がしていて、それは僕の思考にもかなり影響をあたえているなあと思うことがあるんです」
「前のインタビューの時に参加していた市民劇団は、色んな人がいて、期待していることもバラバラで、なにが共有できて、なにが一緒に目指せるのかを話しあってみる場だったんです。でも、今の時代はそもそも人が集まることもむずかしい。しかも、なにかをやろうとしたら、この人とこういうことをやりましょうと最初に全部決めて、ステップを踏んで、余白をそぎ落としてできることをやっている感じがするんですよ」
ー最初に全部決めて、余白をそぎ落として、できることをやっている
「そう。だから、まちの人と活動するハードルが上がっているんです。もともと知っている人同士で何かをすることはできる。でも、興味あるから友達をつれてきたよとか、飲み屋でとなりになったひとと仲良くなったとか、まちあるきをしてたら面白い人みつけて一緒に活動することはなかなかないんですよ。思わぬより道とか偶然の出会いが起こりにくくなっている。オンラインも知り合い同士が対面の代わりに使うことの方が多いので。だから、はやく収束した方がいいなって思います。そういう部分はどうしても代替できない気がして」
「本当は、だらだらずっとしゃべっちゃったとか、偶然になにかが起きていることが豊かなことだったと思うんです。でも今は、できることをできる範囲でやるのに精いっぱいで、そういうことが実は価値があったよねってことが、人々の感覚から忘れられていくとまずいなって」
「そうすると、どうしても成果主義みたいなものにつながっていくというか。決めないことや、保留にすることがますます難しくなるんだろうなって思うんです。それは、他人ごとではなく、自分自身もそうだなって。そういうことを忘れかけてたわ、って思いました」
場所を持つことで、決めない時間をつくる
「だから、これから場所を持ってみたいなって思っているんです。空き家とか、空き店舗みたいな拠点の運営というか。演劇をやっても、やらなくてもいいっていう場所」
ー演劇をやっても、やらなくてもいい場所をつくる
「演劇って消えていくじゃないですか。上演までのプロセスも含めると長いできごとなんですけど、結構な労力をかけて、1日のイベントをつくっているということは1つの事実なんだなって思うんですよ。もちろん、そのことに価値はある。だけど、まちの人と交流したり、あたらしい回路をつくりたいと思ったときに、場所があると、どう使うかとか何が起きるかってことを考えられるような気がして」
「場所は365日のかかわりじゃないですよね。演劇を上演することは、よくも悪くもその日に向けてのかかわりなんです。よそものだからできるまちへの関わりもあると思うんですけど、よそものだとできないこともあるなって気がしているんです」
ーよそものだとできないこともある?
「例えば、インタビューのときに聞ける話と、ゴミ出しのときにごみ捨て場でする世間話って質が違うじゃないですか。どっちがいいって話じゃないですけど、ゴミ出しの世間話をよそから来て聞くのはたぶんむずかしい。だけど本当にその地域のこまやかな日々起きていることがキャッチアップできるのはそういう瞬間なんじゃないかって思うんですよね」
「あと、ここにいて良いし、物が置きっぱなしでもかまわないという所があると、何かを保留にするとか、結論をすぐには出さないってことがやっぱりしやすくなると思うんです」

「ちがうこと」を身体的に引き受ける
「最近すごい考えているんですけど、対面での情報を得る機会が減って、ネットで情報を得ている事が増えているじゃないですか。この状態には自覚的であったほうがいいんだろうなってことも考えたりします」
「今は主にデータを得るしかない状況はもちろんあって、そうすると、いろんなことがわかったつもりになってしまったりすると思うんです。ネットの情報は多いし、多いからこそ限定的な情報しか見れないし、ちゃんとわかっていないこともたくさんあって。世の中っていまこうだよねって世界観みたいなのが、かたよった状態でそれぞれのなかでできていて、そのことが原因で炎上とか様々な分断って起きているって気がしていて」
「例えば他の国で起きている戦争のこととか、人と会って話をすることとネットでちらっとみることはちがう気がするんです。会って話をしていると、この人の意見は気に食わないと思ったとしても、こういう人も存在しているって事は事実だな、って身体的に引きうけられる気がするんです。『ネットでこういうやつがいた、最悪!』って流れてくるのをみるのと、なんだか違うものとして受けとっている気がして」
ー意見は気に食わなくても、こういう人はいるな、ってことを身体的に引き受ける
「そうそう。ネットでの情報に、ヘンに一喜一憂するのもよくないし、わかったつもりになっているのもよくないなって思うんです」
「だから、みんなが集まる場所、たまり場みたいなものを作っていくことは重要だなって。そういう場所をつくっていこうよってことに、僕のなかではつながっていくんです」

「決めないこと」からはじまり、いろんなことへひろがりながら、
阿部さんの人との関わりかたの根っこみたいなものにふれた時間だった。
「結局、数年前の自分の視点や興味あることが変わったわけじゃないんですよね。そのことを実現していくために、今の自分の立場から具体的にどの順番でやれるのかってことをすごく考えているんだろうなって気がします」
変わってゆくものもある。
変わらないものは、時代の変化や移り変わりの中で、
少しずつ見えてくるものなんだろうな。
これからどんなことをつくっていくんだろう。
またいつか、その先を聞いてみたいなと思っています。
(執筆/荒田詩乃、撮影/小松亜希子)
お知らせ
【阿部健一 作・演出】
uni ちょいとそこまでプロジェクト❷練馬区・高松編
「今日のたかまつ アーカイブス」
練馬区のとあるまちを舞台にした、架空のコミュニティラジオの録音で構成された音声演劇。特設サイトにて、2022年4月より順次公開中!
https://takamatsu-today-archives.jimdofree.com/
撮影場所は、江古田にあるベーカリー「マザーグース」さんのイートインスペースをお借りしました。ふわふわのパンを、のんびりできるイートインスペースで食べられるパン屋さんです。とても落ち着く場所なので、お近くにお出かけのときはぜひ。