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「歩くことで、僕は自由に生きていく」 東京から徒歩で京都をめざした中田達大さんの旅

「歩くことで、僕は自由に生きていく」 東京から徒歩で京都をめざした中田達大さんの旅

 2025.05.17

平日の朝7時すぎ、通勤ラッシュで混み合う埼玉・大宮駅から宇都宮線に乗り込みました。電車に揺られて2時間以上かけて、栃木県・黒磯へ。友人に会いに行くのです。

その人は、中田達大さん。「インタビュアー」として活動する彼は、メディアで記事を書いたり、話を聞くことを活かして企業で働いたり、「聞くこと」で様々な仕事をつくっています。

2023年9月、中田さんは黒磯から京都まで旅をしました。それは、東海道五十三次のルートを20日間かけて歩く旅。旅から帰ってきた中田さんは、こう言いました。

「人生のテーマになるものを見つけたかもしれない。そんな実感があるんです」

旅でどんなことを考えたのか、話を聞いてみたい。そんな気持ちを胸に中田さんの住む街へと向かうことにしました。中田さんが旅で出会った風景を、一緒に聞いてみましょう。

中田 達大 / Nakada Tatsuhiro

1990年生まれ。東北大学大学院修士課程修了。新卒でカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社に入社。新規法人営業、書店の売り場企画/運営を経験。21年に夫婦で栃木・那須塩原へ移住し、インタビュアーとして独立(屋号:クウトクル)。インタビューメディア「むすびかた」を自身で制作・運営。 https://note.com/kuutkul

移動ではなく、ゆっくり歩くことで感じる旅情を味わってみたい

ーー中田さんは、どうして歩いて京都をめざしたのでしょうか?

最初のきっかけは、去年のはじめに妻が「ふらっと一人旅にでも行って来たら?」と言ってくれたことです。僕はもともと世界一周もするくらい旅が好きで外に出たいタイプ。この数年間テレワークが続いて移動が殆どなかったから、心配してくれていたんです。

京都、札幌…、色々行き先を考えたけれども、なんだかワクワクしない。そんなときに、ライターの中村洋太さんという方の取り組みを思い出しました。『クラフトビール 東海道五十三注ぎ』という、クラフトビールを飲みながら、東京から京都まで歩く旅をしているんです。彼が旅しながら書いていた記事に、愛知の銭湯で聞いた方言に旅情を感じたというエピソードが書いてありました。

「あ、これだ。僕も、東京から京都まで歩いてみよう」

観光はしなくても良い。車や新幹線のように一瞬で移動するのではなく、ゆっくり歩くことで感じるものを僕も味わってみたい。9月27日~10月17日まで20日間かけて、京都まで歩く旅に出ることにしました。

ーー初日は、自宅から横浜まで30キロ歩いたんですよね。

つらかったですよ。荷物が多くて肩がしんどい。歩くときの荷物の重さを考えていなかったんです。1日大体9時間歩くんですけど、6時間を過ぎると足が痛み出す。何も考える余裕もなく、痛み止めを飲みながら歩いていました。

「頑張って歩く」と言い出したのは自分だから、必死です。でも不思議なことに、4日経つと足と体が馴染んで、徐々に余裕が出てきた。そこからは毎日25キロから30キロ歩いても、まあまあ大丈夫。そうすると頭に『退屈』ができて、色んな思考が浮かぶようになりました。

旅に生きた松尾芭蕉も、きっと「退屈」だったはず

ーー歩きながら感じる『退屈』って、どんなものなのでしょう?

ずっと歩くと退屈になってくるんです。時には、オンラインでミーティングを繋いで仕事をしながら歩くこともありました。喋ることに集中していると、いつの間にか目的地に到着する。顔を見せる必要がある場合は、道の途中でベンチを見つけて参加しました。仕事仲間も面白がってくれましたね。

でも、それ以外の時間はただ歩いていました。ただ独りで歩いていると、音楽やラジオなどで退屈を埋めたくなる。どうしても聞きたいときだけ、1時間だけと決めて聞いていました。制約を課していたのは、この度で「退屈に浸ってみる」と決めていたからなんです。

ーーほう。

歩くと決めて、友人にアイデアを話していたら、旅を記した紀行文『おくのほそ道』を残した松尾芭蕉や、歩いて日本地図を作った伊能忠敬の話が出てきたんです。『おくのほそ道』を読んでいたら、「漂白の思い(漂泊の思ひ)」と、あてどもなく旅をすることで日常の汚れを洗い落とすようなことが、そこには書かれていました。

あの時代に旅をするのは、現代よりもずっと大変だったと思うんです。それなのに、どうして旅に出るのだろう?と考えたとき、彼らの日々が退屈だったからじゃないかなと思ったんです。

ーーえ?松尾芭蕉と伊能忠敬は退屈だった?

きっと現代みたいに娯楽もSNSもないから、灯りのない夜は眠るしかない。想像してみると、退屈だと思うんです。けれど、その退屈が反転して『おくのほそ道』や「歩いて地図を作る」とか、面白い出来事に芽吹いたんじゃないか。退屈が育つ前に、僕はNetflixやスマホで潰してしまうから、彼らのような素晴らしいアイデアが生まれない。一度退屈になってみることで、面白いことをやりたくなるかもしれない。そんな仮説もあって、この旅は退屈に浸る機会にすることにしました。

歩くことで「探さなくても自由はそこにある」と気づいた

ーー退屈にしばらく身を浸してみて、発見したことはありましたか?

色々ありましたよ。一つは「自由」の感覚が変化したことです。

歩く旅では、毎朝身体が疲れています。体がガチガチで、登山の次の日をイメージしてもらえると近いかな。でも歩き出すと元気になって、気持ちがイキイキして 「これだ、生きてる」って感覚が内側から湧いてくる。なぜかわからないけど、その瞬間に心の底から「僕は、今自由なんだ」って思うんです。

僕はこれまで「どうすれば自由になれるか」をずっと考えてきました。20代のときは、自由を掴むために、どんなキャリアを歩んで、経済力を身につければ良いのかを友人たちと話していた。でも、その世界観で頑張り続けることにくたびれてしまったんです。今回の旅でわかったのは、僕は自由をすでに持っていること。歩くことで、その自由をいつでも享受できると思ったんです。

ーー過去の中田さんが掴もうとしていた「自由」と、歩くことの「自由」は意味が違う気がしますね。

過去に求めていた「自由」は、言い換えてみれば、自己決定権とか自己裁量範囲と呼ぶものだと思う。僕の両親はニュージーランドに移住したんですけど、自分が住みたいと場所に住めることもそうですよね。選択肢を増やすために何を持つべきか、努力することで手に入れることのできる自由だと思います。

歩いて感じる自由は、身体の中心や魂とか内側に根ざす感じがある。しかも、見逃せちゃうくらい一瞬の出来事です。でもその瞬間、とても自由になる。通勤や通学など、これまで数えきれないくらい歩いてきたのに、僕はずっと自由を見逃し続けてきたんです。

歩くことで、話を聞くことで、世界をもっと好きになれる

ーー歩いて自由の感覚を味わうなかで、中田さんの人生のテーマも見えてきたとか。

そうなんです。歩くときに得る感覚と似ているものに気づきました。それは「好き」という言葉です。僕は、誰かが好きな人やものについて話す姿に惹かれるんです。そういう瞬間に立ち会うと、僕自身の内側からイキイキして「自由だな」って感じが湧いてくる。

「好き」って言葉は、温度感もちょうど良いありふれた言葉です。特別なことじゃなく、日常の中にある言葉という感じがする。歩くことも僕たちの暮らしに根ざすものですよね。僕は、そういった他愛もないものの中に、世界の秘密があると信じているんです。

ーー中田さんが大切にしているインタビューも、聞くことは日常の行為だけれど、丁寧に行うことで、違った形で世界が見えてきますね。

もちろん!聞くことは誰もが行っているけど、インタビューしたときに、人生に触れる感じがある。そうすると、僕はその人のことがとても好きになるんです。「Hug your journey」というコンセプトを、旅で思いつきました。聞くことを通して、人生を肯定したい。その人が生きてきた道のりを誇りに思ってほしいんです。

人生を振り返ると、僕も人を好きになる旅路を歩いてきた。20歳くらいまでは、人が嫌いで仕方なくて、自分のことばかり考えて、殻に閉じこもって生きていました。でも、インタビュアーとして働くようになって、どんどん人が好きになっている。もっと色んな人に関わっていきたいんです。

これから、個人向けのインタビューのサービスをはじめようとしています。インタビューを通して、家族や大切な人とのコミュニケーションを僕がお手伝いさせてもらうサービスです。使ってくれた人が、自分の人生を抱きしめられるものになると良いと思います。

この星を、もっとめちゃくちゃ歩いて生きていきたい

ーーこれから、中田さんが歩きたい所はありますか?

両親の住んでいるニュージーランドを、妻と一緒に2か月間かけて縦断してみたいです。あと、いつかアラスカも歩いてみたい。アラスカは面積が大きいから、地図帳の「アラスカ」の「スカ」の部分ぐらいしか歩けないかもしれないけど。

京都まで歩き終わった日に、東京から京都までgoogleマップで経路を検索しました。スマホの画面で地図範囲を広げたら、びっくりするぐらい日本が小さかった。「まだ全然世界を歩いていないな」と思いました。僕はいつか「この星を、めちゃくちゃ歩いたな」と言って死にたい。それが理想です。

これからの人生のイメージも、歩くこととともにあります。僕は、自分の実感を大切に人生を歩いていく。その道の先で出会う色んな人生を、聞くことで肯定したい。そうやって生きていけば、僕はいつだって自由になれる。そんな風に歩いていきたいです。

編集後記

「ゴールの京都にたどり着いたとき、何を感じましたか?」と聞くと「あっけなかったですね。なんも思わなかったな」と中田さんは答えた。「ゴールではなく、プロセスに大切なものをみつけたのかもしれない」と思っていたら、「もっと歩きたかったな。時間があれば、九州くらいまでは余裕だったな~」なんて、笑っていた。

今ならわかる。たぶん、京都は彼にとって旅のゴールではなかったのだ。中田さんの旅はまだ終わっていない。形を変えて、これからもずっと続いていく。自由に歩いてゆく道のりのどこかで、またお話を聞かせて下さい。会いに行きますから。

text.荒田 詩乃 photo:小松 亜希子

2024年2月:公開 2025年5月17日:修正

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