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「たずねる」をたずねる編集会議 1

「たずねる」をたずねる編集会議 1

 2023.03.08

「たずねる」広辞苑より


①手がかりをつかんで先に行ったものの跡を追ってさがし求める。

②所在の明らかでないものをさがし求める。

③手がかりをたどりつつ物事の淵源・道理をさぐり求める

④問い聞く。質問する。

⑤おとずれる。訪問する。音信する。


*


「たずねる」という言葉にはいろんな意味があります。


インタビューする場をつくりたいと考えはじめたのは、数年前。

これからどう生きていくかを迷っている中で、人に話を聞くことから考えてみたいと思ったのでした。


サイトの名前を「たずねる」という言葉にしようと決めたとき、私のなかにイメージがありました。


それは、答えの無いものを、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、時にはおろおろしながら、人とかかわり、そのプロセス自体を楽しみ、探求していく人間の姿。


なんなら、それ自体が生きるということなんじゃないか。

そういう風にこれから私は生きてゆきたいわ。


そう願い、この場に「たずねる」と名前をつけました。


聞くことを通して、私がいちばん探したかったのは、どう生きていくかということ。

まだ答えは見つかっていません。


でも、少しずついろんな話を聞かせていただく中で、このプロセスをひらいていきたい。

いろんな人と一緒に「たずねる」ことをやっていく場にしてみたい。そう思うようになりました。


さあて、どんな場になっていくと面白いかな。

これまで一緒にインタビュー記事をつくってきた、フォトグラファーの小松亜希子さんと一緒に公園で編集会議を開催してみます。



参加者

あきこ(写真を撮るひと)、しの(インタビューをするひと)



どんな場所になっていったら面白いだろう



しの:「たずねる」がどんな場所になったら面白いかなと、お互いの思うことを「キーワード」にしてポストイットに書いていきました。書いたものを貼ったり並べ替えたりしながら、思いついたことを話していきましょうか。


あきこ:はい!じゃあ私から行きます。まずはやっぱりたずねることを通して「場をつくる」ことができたらいいかな。英語だと「space/隙間」。施設を建てるんじゃなくて「隙間的なもの」ができるといい。あと、メディアとして「ずっと続けていきたい」ってモチベーションを保てるものだといいなって思います。


あと、インタビューに同行してきて思うんですが、インタビューをすると「誰かのこと、誰かの考えを受け入れていく」姿勢が発生するなって。今まで知らなかったけど、この人の考えは素敵だねって「近づいていく」こと、知っている人でも更にその人を知れることがインタビューの面白さだなあと感じます。


「肯定」がしのさんのインタビュー姿勢の基本にある。だから「誰かを肯定する、何かを肯定する」姿勢がたずねるにあるといいかなって思います。


しの:私もキーワードをあげてみます。


「色んなアプローチ」かな。演劇も映画もアートも民俗学も関心がある。聞くことだけじゃなく、様々なアプローチを通して「生きることを考えたい」んだよね。


「ラボ」のように色んなひとが「研究テーマ」を持ち寄ってくるような。そう「たずねるって姿勢」だなって思ったんだ。


あとは「生きた問い」。私自身がよりよく生きていくためにそのこと問うってことを姿勢として持ちたい。だから、話を聞いたり、本を読んだり、映画をみたりする中でそれぞれが生きていくなかで生まれた問いを「探求する場」になったら面白いって思いました。


「正しさより、真摯に」。正しいか間違っているか、という価値づけよりしっかり考えることを大切にしたい。あと「ゆっくり、丁寧に」。商業的じゃないからこそ、その人自身にとって大事な問いを考える場になったら面白い。


「よく生きる」メディアでいいこと言っているけど、実際の生活で性格が悪いのは嫌だよね。せっかくなら自分で考えられる「よい市民になりたい」し、言ってることとやっていることのギャップのないことをしたい。「知ると感ずるが一緒になるといい」。知るだけじゃなくて、じゃあ、私はどう生きるか。キーワードはいくつか出てくるけど同じことを言っているのかもしれないな。


「わかりやすさ」に「レール」に抵抗する



あきこ:しのさんが言うように、知ることを通じて自分がどう生きるかを考えていくとしたら、「抵抗」みたいなこともしたいです。それはデモに行くとか行動することももちろん含まれるけど、「たずねる」で話を聞いて「記録を残していくことが、抵抗になればいい」なって。


高校の卒業式のホームルームで担任の先生に「フリーターやニートにならないでくれよ」って言われたんですよ。公立の進学校の一番上のクラスだったから、いい大学に行っていい会社に入る将来を期待されてたんですよね。でもこれから社会に出る人たちに言うにはあまりにも狭いって当時から違和感があった。だから「レールを外れることへの恐怖と同時に、外れることの何が悪いんだ」って、歳を重ねるごとにそんな思いが増しているんです。そういうことに対しての抵抗が、いろんな人の話を記録することでできるんじゃないかなって。


しの:「レール」ってなんだろうね。


あきこ:馬鹿らしいと思いつつ、まだ「とらわれている」ものなんですよね。「結婚」とか「正社員」もそう。そこに抵抗したいって気持ちがあります。


しの:それは私もわかる。自由になるわ!って言いながら、どこか「安定にすがりつきたくなる」私もいて。でも「息苦しさ」も同時に感じる。安定が欲しくて公務員として働いた、でも苦しくなっちゃった。これからどう自分で道をつくっていくかまだわかんない。この歳になっても道が決まらずに揺らいでんのかい、とへこむときもある。「結婚」も、夫が好きで結婚して、幸せだと思っているけれど、奥の部分にどこか「安心したかった」意識がなかったかと言えばうそになるな‥‥。


あきこ:安心したいですよね。安心はしたいけど、後世のひとにレールを強いてしまいたくないのもあります。


しの:抵抗で思い出すのは「わかりやすさ」とか「数字」への抵抗。わかりやすさと数字も「安心」も似ている。でも嫌なんだよね。なんでだろう。


あきこ:理論物理学的な数字の美しさは好きだけど、それは条件のなかでやることであって、現実世界にそれを持ち出されると「揺らぎ」というか、平均から「ぶれているもの」が直されちゃう。平均から外れて蔑ろにされたり無視されたりする「失われて行くもの」の方が私は好きだし、そういう例外というか、「誤差」を大切にしたいなって思っています。


しの:「わかりやすさ」はどんどん激しくなっていくしね。「忙しさ」とも近い感じがする。仕方がない部分もあるけど、そういう場があまりにも多い。だから、わかりやすい、急いで早く、最短距離で、ということの真逆のことをしてみたい。


あきこ:それってあれじゃないですか。「効率と生産性」に抵抗するってことですよね。


しの:チャップリンの「モダン・タイムス」観ないとね。ここでは徹底的に非効率(笑)子どもじゃないけど、非効率な営みとしての「遊び」にも関心がある。探求とか勉強も本当は「遊び」なんじゃないかな。「たずねる」も遊びとして続けられたらきっとたのしいよね。



「よく生きる」ってなんだろうか



あきこ:色々キーワードがでてきたけれど、最後に目指す所はしのさんが出してくれた「よく生きる」なのかな。よく生きるの「よく」って部分が大事な気がしました。人が決めた「よく」じゃないってことですよね。


しの:自分で「よく」考えるしかないよねっていう意味もあるし。他者に対するやさしさとして「善く」も必要だし、めいいっぱい生きる、めいっぱい考えてめいっぱい遊び、いただいた命を、めいっぱい使う。



あきこ:自分で考えるとか、自分で立つとかね。「自分の言葉を持つ」みたいな。


しの:自分の言葉を持つで思い出したけど、「自分と向き合う」って言葉が嫌いだなって。本当の自分なるものが内側にいて、今の自分は真の自分なるものとは別物であって、対峙することによって、自分の本当がわかるみたいなことが結構嫌だなって。


あきこ:なるほど。


しの:向き合うことが必要と言うことは、普段の私は自分の真なるものではない感じがして。自分ってよくわかんないアメーバみたいなもんかもしれんし「向き合う」って言葉がしっくりこないなあって思っている。普段暮らしていると言葉を意識しないで使ってしまうけど、自分にとってその言葉はしっくりきているんだろうかってことをたまに立ち止まって考えることができるといいなと思う。社会のあり方だって、自分にとってしっくりきているのかどうか、ちゃんと自分で考えてみるってことだよね。


あきこ:うんうん。誰かの言葉でなく、自分にしっくりくる言葉かどうか考えてみることは、「自分の言葉を持つ」ってことですよね。それは、さっき話していた「抵抗」の姿勢にもつながる感じがしますね。


しの:私ね、畑を借りて野菜を育ててさ。畑で野菜育てるのって実は抵抗なんじゃないかってこっそり思っているんだよね。一見穏やかだけど、自分の暮らしを自分の手に取り戻していく抵抗運動なんじゃないかって。でもあんまり伝わってない。丁寧な暮らしって言われる。丁寧な暮らしかもしれないんだけどさ。丁寧な暮らしは、雑誌の「暮らしの手帖」に編集長が書いている言葉のように「抵抗」だと思うんだよね。人々のくらしっていうものは、すぐに奪われてしまうからさ。


あきこ:「丁寧な暮らし」って言葉は、ちょっと意味が簒奪され気味な感じがしますよね。丁寧な暮らしを本気でやったらかっこいいと思います。



「たずねる」ってプロセスであり、姿勢かもしれない


しの:今日話してきて思ったけど「たずねる」って、プロセスであり姿勢なんだよね。挑戦であり模索しながらどこかに進んでいく事であり、受け入れる事であり、考えたり試してみる事であり遊びであり、いろんなアプローチ。だから「なにを」私はたずねるのかっていう、つまり「テーマ」がないと、ちょっとわかりにくいんだなってことに気づいた。


あきこ:「たずねる」がプロセスであり姿勢なのだとしたら、インタビューの後のことも必要になってきそうですよね。自分たちの中にそれを落とし込む過程、受け入れていく過程というか。


しの:人と会って話して、その言葉が自分に残ってて、一週間たってそのことの意味がわかったり、誰かと違う話をしているときにつながる時ってあるよね。そのことが自分にしみこんでゆくプロセスというか。そのプロセスを大切にできたらいいよね。サイトの名前を考えた時に「たずねる研究所」も考えてたんだ。


あきこ:研究って、知識を深めていくイメージですか?


しの:イメージはやっぱり「ラボ」。どう生きていくかを、人に話聞いたり、映画みたり、本読んだり、やってみたり、考えたり、つまり大切なテーマを問いをたてて考える場にしたかったの。


あきこ:じゃあやっぱり聞くだけじゃなくて、聞いた後に考えることが大事ですね。


しの:聞くことは、知りながら考えていくための、ひとつのアプローチなんだよね。考える場やしくみのバリエーションやひろがりを考えたいな。


かかわりしろを増やしていこう



あきこ:いろんなキーワードが出てきたポストイットをみていると、大学生の文化祭の時に私たちで言葉の展示をつくったことを思い出します。おもしろかったですよね。





しの:名言を集めて壁に貼って、お客さんにも言葉を書いてもらったね。「愛とは~~である」ってお客さんに埋めてもらうの。結構みんな書いてくれて、言葉が書かれた紙で壁がいっぱいになった。あの時、そんなにみんな書きたいんだってびっくりしたんだ。あれもひとつの関わりしろかな?「あなたの名言を教えてください」と質問したら、書けないかもしれないけど、「愛とは」みたいなことがあるとすごくその人らしい言葉がたくさん出てくる。気軽にできるんだけどその人が見えてくる「愛とは~~である」みたいな関わりしろもつくれたら面白いな。



例えば結婚をテーマにしたとして、色んな人の話を聞いたり、自分自身が、どうそれに向き合っていくのかを、文章とか写真とかいろんなことでやっていく。読者のレスポンスも乗っかってきたり、みんなで話す場もあったり、映画を沢山見てみたり。そういうことをゆっくり半年かけてやる。探求するって事をやっていく場なんだよって基本姿勢として、そのプロセスを発信していく。


テーマのバリエーションをどう考えるかだよね。


あきこ:テーマは、その人にとっての「よく生きる」に近づいていくためのものなんじゃないですか。やっぱりアプローチを通して生きることを考えるってことだから。


しの:「よく生きる」やっぱり答えはそこに戻っていくよね。


あきこ:そのために自分の足で立つこと、自分で考える、自分の言葉を持つ、とか、そういう姿勢やプロセスが「たずねる」でやりたいことだけど、最終的には「よく生きたい」です。だから「よく」の中身も考えたいなって今日は思いました。多分色んな「よく生きる」がある。


しの:じゃあ、次回「よく生きる」をもうちょっと深めて広げてみる?それまでにお互いが読んだり考えたり見たり聞いたりしたことを持ち寄って、このことで話をしてみましょう。


あきこ:そうしましょう!おつかれさまでした!


(Text.荒田詩乃)

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